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アジア通貨危機を無視し続けた
韓国の代償について解説しようと思います!

アジア通貨危機

1996年、ついに韓国は「先進国クラブ」
といわれる経済協力開発機構(OECD)に加盟しました。

加入できたことに、国民は喜び、韓国中の誰もが、
韓国経済は永遠に成長し続けることを単純に信じていました


国内ではお祭りムードが続き、日本なんて、
来年にも抜いてやると、息巻いていました。

が、その翌年の1997年、
アジア通貨危機によって韓国経済と韓国国民は
あっという間に奈落の底に突き落とされてしまったのです。
アジア通貨危機によって・・・。

タイバーツ

アジア通貨危機は、もともとタイに対する
ヘッジファンドの投機売りから始まったと考えられています。

1997年5月、ヘッジファンドが
タイ・バーツに対する浴びせ売りを開始し、
これに対して、タイ中央銀行は太刀打ちできなかったのです。

タイ・バーツはわずか一日で1ドル24.5バーツから
29バーツ台まで急落しました。

この波紋がフィリピン、インドネシア、マレーシア、
そして韓国へと拡大していったのです。


実は、韓国の中央銀行(韓国銀行)は韓国政府に対し、
タイ・バーツ暴落開始の2ヵ月前である1997年の3月時点、
繰り返し将来的な通貨危機到来についての警告を行ってきました。

韓国中央銀行

でも、これを韓国の政府当局は無視してきました。
何も行動を起こそうとしませんでした。

この黙弑がその後の韓国経済に
大きな波紋を投げ返ることになるのです。

確かに韓国人は問題を先送りにする傾向はあります。
いわゆるケンチャナヨ精神と言う奴ですね?
しかし、今回は韓国の国民性が要因とは言えないようです。


↑ケンチャナヨ、パリパリ精神をベストセラー作家が解説↑

何故なら、この年に韓国では大統領選が行われていました。
その最中に、大統領が通貨危機に直面していると発表することは、
大統領自身の政治生命を失うことになりかねます。

自国の経済より、自分の政治生命を取ったのです。
そして、誰もなにも対策をとらないまま、
韓国は通貨危機という谷底に転がり落ちることになったのです。

タイの通貨危機が起こった後、
まず、7月に起亜自動車が不渡りを出しました。

次第に韓国の金利上昇が始まり、
外為市場の不安が資本市場に広がりを見せるのにあわせて、
市場金利が急上昇し、
最終的に31・1%という非常識ともいえる金利水準にまで達したのです。


しかし、この市場金利でさえ、
韓国のすべての企業が利用できる利率ではありません。

kankokuGDPnaiyaku

限られた超優良財閥数社だけに適用されるものだったのです。
この市場金利を適用されない多くの企業、つまり韓国ほぼすべての企業は、
ついに、社債すら発行できない状況に陥りました。

そんな国内状況をしり目に、韓国ウォンはこの後も、
止まるところを知らずに下落を続け、IMFや先進諸国の
支援方針が発表された12月には、
1ドル1995ウォンの記録的な最安値となりました。

それは7月と比べると、対ドルで半分以下まで下落してしまったのです。
その後、日本及びIMFからの緊急融資により救われましたが、
韓国経済はそのIMFの救出により、大きく構造を変えられることになります。



ただ、悲惨なのは2014年の現在になって、
またしても大きな経済崩壊を韓国が迎えようと
していることですね・・・。


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